LINEヤフー Tech-Verse2025 Day1
普段からLINEヤフーの技術的な取り組みに関心が高かったのですが、6月30日に開催されたTech-Verse 2025をオンラインで聴講しました。特にAIを活用したエンジニアリングの未来に関する発表が印象深かったので、その後記を私の開発ブログに残そうと思います。
今回のTech-Verse 2025では、初日にオープニングキーノートと共にAIをテーマにした発表を聴講しました。
- Keynote
- AIと共に進化するエンジニアリング
- AI Coding: From "Vibe Coding" to Professional
これらの資料を基に、LINEヤフーが描くAI時代の開発環境と、私たちの役割の変化についてお話ししたいと思います。
1. キーノート:LINEヤフーの壮大なビジョン
LINEヤフーCTOの朴Euivinさんと、サービスインフラストラクチャーグループ長のTomikawa Nobuhiroさんによるキーノートは、会社の核心的な目標と未来戦略を明確に示しました。CatalystOnePlatform」の構築とAI Company」への進化という2つの大きな軸が印象的でした。
CatalystOnePlatform: 一つの強力なプラットフォームへ
LINEとYahoo! JAPANの合併後、両社の膨大なインフラとプラットフォームを一つに統合することは必須のステップでした。富川氏は、自社のプライベートクラウドを維持する理由として圧倒的なコスト効率を挙げました。パブリッククラウドに比べて平均で約4倍のコスト削減を達成しているとし、これは50万台以上のサーバーと1.2エクサバイト以上のデータを扱うLINEヤフーの巨大な規模と、少数の精鋭チームが300を超えるプラットフォームを開発・運用する効率的な組織運営のおかげだと説明しました。
彼らは単に統合するだけでなく、CatalystOnePlatformを通じて重複環境の解消、セキュリティ強化、そしてイノベーションの加速化という3つの目標を達成しようとしています。すでにFLAVAという次世代プライベートクラウドプラットフォームが開発中であり、既存のLINEとYahoo! JAPANのクラウドサービスを統合して機能性、性能、セキュリティを強化し、コスト効率を最大化する計画だそうです。また、データプラットフォームの統合を通じてデータ活用の容易性を画期的に高め、新たなイノベーションを加速させると述べました。
AI Company: 全てのサービスをAIエージェント化し、生産性を2倍に
朴CTOは、LINEヤフーがAI Company」に進化するという目標を公式に宣言しました。そのための2つの核心的な目標は、全てのサービスをAIエージェント化すること、そして全ての領域の生産性を2倍に高めることです。
すでにユーザーサービスには様々なAIエージェント機能が導入されています。
- Yahoo! JAPANアプリの「AIアシスタント: チャット形式で情報探索を助け、抽象的な質問にも迅速に回答を提供します。
- LINE AI: PDFの翻訳や要約、画像内のテキスト認識・翻訳など、多様な機能を提供します。
- LINE AI Suggestion: 会話が途切れそうな時に会話のテーマを提案し、コミュニケーションを円滑にします。
- Yahoo!ショッピングのAI機能: 商品ページで最適なポイント還元率の提案、類似商品の推薦、商品レビューの要約などを通じて、効率的なショッピングを支援します。
LINEヤフーAIエージェントのロゴ
このようなエージェントが導入された場所には、このロゴが表示されるそうです。私もYahoo!ショッピングアプリでポイント付与日を確認する際に見たことがありましたが、他のサービスにも共通で入るようです。
内部的にもAIを通じた生産性向上の取り組みが活発です。カスタマーサポートのメール自動応答により、約92.1%の問い合わせが初期応答のみで解決されており、リアルタイム多言語通訳ツールであるScoutを通じて、会議あたり約90%のコスト削減効果を上げています。また、内部の知識や情報を基に業務に特化した回答を提供するSeekAIのような社内RAGプラットフォームも運用中だそうです。
2. AIと共に進化するエンジニアリング (Ark Developer)
LINEヤフーは、エンジニアがより本質的なサービス改善に集中できるよう、Ark DeveloperというAI開発ツールスイートを開発しています。現在、約7,000人以上のエンジニアが多様なサービスと複雑なオンプレミス/プライベートクラウド環境で開発しており、彼らが蓄積した膨大な内部知識を活用することが重要だと強調しています。汎用AIツールではこのような内部知識を活用することが難しいため、LINEヤフーは独自のArk Developerを通じてより精巧なソリューションを提供しようとしています。
Ark Developerは、開発プロセス全般にわたってAI支援を提供する6つのソリューション(Code Assist, Code Review, Docs, Auto Test, UI to Code, QA Support)で構成されています。このうち4つのソリューションが詳細に紹介されました。
Ark Developer
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Code Assist (コードアシスト):
- AIがドメイン特化のコードを生成し、意味のある作業に集中する時間を確保させます。
- 内部のコードと知識を分析してRAG(Retrieval Augmented Generation)パイプラインを構築し、これを通じて生成されたコードの適合率が96%に達するそうです。
- 実際のPoC(概念実証)段階で、Jiraチケットの処理速度やコーディングサイクル時間が最大30%向上する効果が見られました。
- デモでは、モニタリングプラットフォームの初期設定をAIが計画し、コード生成はもちろん、ドキュメント生成、動作確認まで行う様子が印象的でした。
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Code Review (コードレビュー):
- AIが即座に初期コードレビューを行い、レビュー時間を短縮し、信頼性を高めます。
- Github Enterpriseと統合されて動作し、軽微なエラーを先に修正することで、レビュアーがロジックに集中できるよう助けます。
- リポジトリ全体をスキャンして、セキュリティバグ、パフォーマンス問題、レガシーコードの改善点を検出する機能も提供します。
- すでに1日3,000件以上のプルリクエストをレビューし、5,000件以上のコメントを生成しており、ユーザー満足度は90%、コード品質改善の体感度は65%に達するそうです。
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Docs (ドキュメンテーション):
- 技術文書作成者の専門知識を基にAPIのコメント/アノテーションを生成するAIツールです。
- ドキュメント作成時間の不足と内部用語への理解不足問題を解決し、手動作成に比べて平均62.5%の時間短縮効果が見られました。
- 内部のWikiページや用語集を参照して、正確で一貫したドキュメントを生成するそうです。
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Auto Test (自動テスト):
- AIベースのAPIテストケース自動生成ツールで、手動テストと自動化テストの両方をサポートします。
- 従来、Wiki、Swagger、Githubなどに散在していた知識を中央集権化し、テスト知識を体系化してテンプレートフレームワークを提供します。
- PoCの結果、手作業が95%削減され、テストカバレッジが32%向上し、特定のケースではテスト生成時間が99%短縮されたそうです。
これらすべてのソリューションの核心は、AIが生み出す結果をエンジニアが注意深く確認し、AIの考えと自身の考えを区別して適切に調整することが重要だと強調されました。
3. AIコーディング:「バイブコーディング」からプロフェッショナルへ
「AIコーディング:『Vibe Coding』からプロフェッショナルへ」セッションは、私の個人的な関心事と最も合致しており、特にAI時代の開発者のマインドセットについて深い洞察を提供してくれました。発表者は、自身が数年間コーディングができなかったにもかかわらず、AIのおかげでわずか1週間で複雑なAIエージェントのプロトタイプを作成し、ブログ記事まで書くことができたという経験談から始めました。
しかし、AIコーディングには問題点も伴います。発表者はこれを**Vibe Coding(バイブコーディング)**と呼び、警戒を促しました。バイブコーディングとは、気分に任せてAIが生成したものをきちんと確認せずに使用するコーディングスタイルのことです。これは迅速なスタートと便利さを提供しますが、品質とメンテナンス性に深刻なリスクをもたらす可能性があります。Simon WillisonやAddy Osmaniのような専門家も、LLMでソフトウェアを作りながら、その結果を十分に検討しないことについて警告しています。
発表者は、バイブコーディングを完全に避けるのではなく、これをAIと共にコーディングを始める良い出発点と捉え、さらに専門的なAI開発のレベルへと進むべきだと主張しました。専門的なAI開発のための2つの重要なマインドセットは以下の通りです:
- Trust the Process(プロセスを信頼せよ): AIは明確なプロセスに統合された時に最大の力を発揮します。AIに明確な地図を提供し、自由に迷わないようにしなければなりません。
- AI as Teammate(AIをチームメイトとして考えよ): AIは単なるツールではなく、目標を共有し、共に働くチームメイトです。チームメイトの成果物を評価し、調整し、協力しなければなりません。
この2つのマインドセットを基に、ソフトウェア開発の4段階(準備、計画、開発、問題解決)に適用できる8つの実践方法が紹介されました。
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準備 (Preparation):
- Practice 1: 複数のAIツールの協調 (Coordinating Multiple AI): 万能なAIはまだ存在しないため、役割に合わせて複数のAIを連携させて使用する必要があります(例:要求事項/設計AI、インターネット検索AI、コーディングAIエージェント)。
- Practice 2: 詳細な要求事項の準備 (Prepare Detailed Requirements): AIをブレインストーミングの相手として活用し、要求事項の漏れや新しい視点を発見し、明確なロードマップを提供しなければなりません。
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計画 (Planning):
- Practice 3: AIフレンドリーなタスク分割 (Task Breakdown for AI): AIは小さく独立したタスクで最も効率的です。各タスクを100〜200行以下に制限し、明確な入出力と最小限の依存性を持つように分割しなければなりません。
- Practice 4: 実装ルールの設定 (Setup Implementation Rule): AIのための「社内ハンドブック」を作成し、コーディング規約、推奨パターン、ワークフローを定義します。
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開発 (Development):
- Practice 5: Edit-Testループ (Edit-Test Loops): AIと協力する最も効率的な方法です。小さなインクリメント(15〜30分)を決定し、失敗するテストを先に作成させた後、AIがテストを通過するコードを実装し、自動実行させます。失敗すればAIが分析/修正し、成功すれば人間がレビュー後にコミットするという短い反復ループを使用します。
- Practice 6: コンテキスト管理 (Context Management): AIの「記憶」であるコンテキストが長くなりすぎると、AIが混乱することがあります。50〜100メッセージを超えたら新しいチャットを開始し、コードベースを頻繁に同期させ、Gitのコミットをチェックポイントとして活用します。
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問題解決 (Troubleshooting):
- Practice 7: 問題報告システム (Problem Report System): AIが行き詰まった時、問題の状態、エラーメッセージ、試した解決策を含む問題報告書を生成させた後、他の検索AIに渡して新しい視点を得ます。
- Practice 8: コンテキストリセット戦略 (Context Reset Strategy): AIがひどく混乱したり、間違った方向に進んだりした場合(100メッセージ以上、幻覚の増加、無限ループなど)、進行状況を問題報告書にまとめ、新しいクリーンなコンテキストで再開する「緊急ブレーキ」を使用します。
Vibe Codingからの4つのレベル
このような実践方法を通じて、**プロンプトエンジニア(レベル1)やAI開発者(レベル2)**の段階を超え、**AIプロダクトマネージャー(レベル3)およびAIオーケストレーター(レベル4)**レベルの「高度なAIコーディング」に到達できると説明します。このレベルでは、人間がプロセスを定義し(レベル3)、AIメンバーの強みを把握してチーム全体を成功裏に調整できます(レベル4)。AI時代の成功は、単なるコーディングスキルだけでなく、チームとプロセスをどれだけうまく管理できるかにかかっているというメッセージが深く心に響きました。
私も最近AIツールを使いながら個人的に感じていたことが多く出てきて、とても共感しました。
AIをツールを超えてチームメイトとして認識することが、自分にとっても効率的な面で役立ったことや、まだコンテキストの限界があるため問題が発生した際の対策などです。
そして、AIを無条件に信頼するのではなく、プロセスを信頼せよという点で、現在の会社のシステムと似ていると思いました。
個々人に依存するのではなく、システムを作って運営する会社のシステム。つまり、AIも人間のように管理しなければならない。結局これもチームメイトとして認識することと文脈が似ていますね。
おわりに:AI時代、変化する開発者の役割
今回のTech-Verse 2025初日の発表(特にAI)を通じて、LINEヤフーがAIを単なるツールとして活用するだけでなく、会社の核心的なビジョンであり成長の原動力としていることを確かに感じることができました。特にCatalystOnePlatformを通じて安定的で効率的な基盤を固め、その上でAI Companyへと進化し、すべてのサービスと業務プロセスにAIを適用しようとする戦略は、非常に体系的で野心的に見えました。
フロントエンドエンジニアとして、Ark DeveloperスイートのCode Assist, Code Review, Docs, Auto Testのようなツールは、実際の開発生産性向上に大いに役立つだろうという期待感を抱かせます。私の個人的な経験からも、AIの助けはアイデアを迅速にプロトタイプにし、技術探索の障壁を下げるゲームチェンジャーでした。
しかし、最も重要なことはVibe Coding」の誘惑を警戒し、「プロフェッショナルなAI開発者」へと生まれ変わることだという発表内容でした。AIがどれほど優れていても、最終的には人間が明確なプロセスを確立し、AIを単なるツールではなく協力的なチームメイトとして扱い、その成果物を丹念に検討し調整する役割が依然として重要であるという点を改めて思い起こさせてくれました。これはまるで新人開発者をオンボーディングするようにAIに詳細な指示を与え、同僚のコードをレビューするようにAIの成果物を調整するのと同じだという比喩が印象的でした。
未来には、コードを直接作成する能力だけでなく、AIエコシステム全体を調整する「AIオーケストレーターの役割がさらに重要になるだろうという予測にも共感します。私も今後、AIを自身の業務プロセスに積極的に統合し、LINEヤフーが提示した8つの実践方法と2つのマインドセットを適用して、より効率的で高品質な成果物を生み出す開発者になるよう努力しなければなりません。
LINEヤフーの今回の発表は、AIと共にある開発の現在と未来を明確に示してくれました。急速に変化する技術環境の中で、私たち開発者がどのようなマインドを持ち、どのように成長していくべきか考える良いきっかけとなりました。
2日目には、待ちに待ったフロントエンドのテーマがあります。時間の都合上、すべてのテーマを見ることはできないかもしれませんが、できるだけ多くの発表を見て、後記を残したいと思います。
🔗 出典
tech-verse-2025-keynote
engineering-evolving-with-ai
ai-coding-from-vibe-coding-to-professional
AIコーディング:「Vibe Coding」からプロフェッショナルへ